原宿表参道オフィシャルナビ

2009-02-18 21:32:00 表参道の歴史

松井 誠一(商店街振興組合原宿表参道欅会理事長)vol.1「個性を愛される街」

世界でも類を見ない「悠久の杜」明治神宮の緑のもと、世界のスーパーブランドが立ち並ぶファッション、情報、カルチャーの最先端エリア・原宿表参道。
「表参人」では、この街を生き、その未来を見つめる人々を紹介していきます。
第2回は、並木道とともに育ち、街の現在を未来へと結び続ける松井誠一 欅会理事長に、お話を伺いました。


どちらかというとおとなしい子だったという松井氏が、父の仕事の関係で青森から原宿表参道に縁を結んだのは1960年代のことだった。まだ、ワシントン・ハイツがあって、渋谷までの道が通じていず、登りきったところで行き止まりだったころのことだ。
「1921年に植えられた欅は太平洋戦争でほとんど焼けてしまったんですが、明治通りから明治神宮にかけては比較的残っていましたから、それらの古い木は緑がうっそうとした感じでしたね。ですから、明治通りから上はまさに参道という雰囲気でした。明治通りから青山にかけては50年代に植えられましたからまだ若くて、非常に見晴らしがよかった。そのコントラストは際立ってましたね」と、松井氏は当時を物語る。

その後、家業を行っていた神宮前交差点の角地をビル化したことから、松井氏はこの街にさらに主体的に関わることになる。
「街の環境が一番大事だな、ということを当時から実感していたんです。原宿表参道エリアは、商業地として大変有名になっていますが、だからといって他の商業地と同じ目線で見ることはできない」。
原宿表参道という街は、客観的に言って商業地として特にメリットが大きいわけではない。街の大きさ自体にも限りがある上、渋谷や新宿のような大交通ターミナルでもない。けれど、よそにはない個性がある、と松井氏は語った。
「具体的に言えば、景観の美しさや全体の環境のよさ、犯罪の少なさといったことです。お金をかけて人工的にきれいなものをつくってしまうということは可能ですが、比較的小規模な建物が多い中で、これらを商業者と住民が一体となって守っていこうという姿勢を持っていることが、この街の特長だと思います」。
たとえ、この街へ来て買い物をしなくても、通りを歩くことが気持ちがいい――そういう街であり続けたい。それを、この街に生きる全員でつくっているということは、すなわちこの街の商業者、住民の意識の高さの表れだ。こうした街で売られているものだから、商品も「クオリティが高い」、「信頼できる」、「デザインが優秀である」、そんなふうに思えてくる。
「そういう意味では、買うのに便利な場所にあって、『どこで買ってもいいんだけど、便利なところで買う』、というような商品と、この街で売られるものは違う、ということなんです。ここに来る方たちには、ここに来たいという理由があって足を運んでいただいている。そういう街なんです」。
(第2回に続く)


◆松井 誠一(まつい せいいち)原宿表参道欅会理事長)
株式会社松井ビル社長、商店街振興組合原宿表参道欅会理事長。1951年青森県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。1963年、現在本社がある神宮前交差点の角に父親の信吉氏が焼肉店「八角亭」を開業。2006年、第四代原宿表参道欅会理事長に就任。趣味はダイビング。

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